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身内の介護 ~子供を巻き込む場合~

身内の介護で子どもを巻き込む
「さっきから何やってんだよ! 邪魔するなよ!」
これは、弟から発せられた母への暴言 -怒鳴り声- です。
それは父の葬儀で起こった出来事です。
両親を群馬のとある施設に入居させたのもつかの間、3ヶ月足らずで父が急逝してしまったのです。
施設は私たちの住んでいる場所から100kmあまり離れた群馬県にあったので、父の葬儀もそちらで行うことを決めました。
親戚一同や菩提寺(ぼだいじ) - 父が生前、購入していたお墓があるお寺の住職- に連絡して出張してもらうことにして、葬儀場などは現地で決めました。
父があまりにもあっけなく逝ってしまったのと、葬儀の準備などをしなければならなかったので悲しんでいる暇はありませんでした。
(ホントに喪主は忙しくて泣けないものですね)
もちろん、施設の方や搬送先の病院でも相談はしましたし、一旦葬儀社が決まればあとは彼らが段取りしてくれるので、まわりが心配するほど、大変だ!と思うことはありませんでしたが。
が、うちの場合、前日までと打って変って母は、父が亡くなったことが分からなくなっていた状態だったのです・・・
そんな母の様子を見ながら葬儀の準備を進めていくのは大変でした。
父がベッドから落ちて救急搬送された時、私が病院に付くと付き添っていた母は泣きはらした目をしていました。
ところが私が来てからは、何だかケロッとした顔をして自分がなぜ病院にいるのかが分からないような様子だったのです。
とりあえず母と私たちは一旦施設に帰ったのですが、その直後に父が亡くなったことを知らされ、また私だけ病院に戻ることになりました。
施設の職員や責任者から事情説明を受け、そのあと警察の検視が行われました。
施設でも自宅でも病院でも高齢者がなくなった場合は、結構念入りに検視を行うのが常です。
虐待があったかどうか、死因は何かを調べるのだと思いますが、数年前に叔父の家でご本人が亡くなった時、叔母と娘(私のいとこ)とその子供は、かなり執拗に取り調べを受けたと憤慨していました。
(叔父の場合は虐待や介護放棄していたわけでもなく『第一、認知症でもなく』、原因は食べ物をのどに詰まらせた窒息死でしたが)。
父の検視の間、駆けつけてきた弟と現地の葬儀社と、葬儀の日程を決めました。
その晩は白装束に着替えさせられ布団に寝ている横で、私と弟が寝ずの番をし、翌朝 二人とも葬儀の準備があるので埼玉に帰宅することになりました。
その日のうちに私はまた、群馬に戻って着付けの予約をしてから施設に母を迎えに行きました。
夕方、施設の方が葬儀場まで送ってくれたので、私たち二人で今度は棺に入った父と親子最期の時を葬儀場の親族の部屋で過ごすことなったのです。
翌日がお通夜だったので、普通なら葬儀のことや父の思い出をあれこれ話し合うのでしょうが、母は一緒にいる間、何度も「ねえ、誰が死んだの?」と聞き、父だと答えるとびっくりしたような顔をして棺の蓋を開けようとします。
遺体の顔が見える小さな窓が開いているのに、わざわざ蓋を取ろうとするのは、何か思うところがあったからでしょうか?
父が亡くなったこともショックでしたが、自分の夫が亡くなったことまで忘れてしまった母が哀れに思えました。
夜中過ぎまで何度も何度も棺の蓋を開けようとする母を止めたのですが、一度、私がトイレに行っている間に空けてしまい、部屋に戻ると蓋がひっくり返っていました。
怪訝な顔をして父の白装束を触ろうとするのを止めて、元通りに蓋を閉めてもまた、「だれが死んだの?」と聞いて、開けようとします。
何でこんなことするんだろう? 何故、忘れてしまうんだろう?
人って背負いきれない悲しみがあると自分で自分の記憶を封印してしまうものなのだろうか?
そんなことをぼんやり考えていて、その晩も私は泣けませんでした。
そしてお通夜の当日。
着付けをお願いしてあったので、私と母はそこで喪服に着替えて、弔問客を迎える準備をしました。
もっとも母は、棺のそばの椅子に座って、私が家から持ってきた数珠を付けたり外したり、会場内を歩き回ってどこか別の椅子に数珠を置き忘れて探していたりしていましたが・・・
相変わらず誰の葬儀なのかは全く分かっていないようでした。
母の面倒を診てくれている施設の職員と弟の家族が到着したので、ヘルパーさんに母の様子を見ていてもらい、私と弟は葬儀社の人と打ち合わせしたり親戚を迎えたりしていました。
式の最中はさすがに大人しく座っていた母ですが、時折、「ねえ、誰が死んだの?」と聞いてくることを繰り返していました。
お通夜の席でご住職が読経してくださってる間に私は涙が溢れてきて止まりませんでした。
あっけなく逝ってしまった父、その父に対する私の態度や気持ち、母のことなどが頭に浮かんできました。
甥っ子たちが隣に座っているので、さすがに声をあげて泣くわけにはいかず、声を殺して嗚咽していたたことだけはハッキリ覚えているのですが、それ以外の記憶はというと、母が「ねえ、誰が死んだの?」の問いに答えているだけだったような、そんな感じです・・・
あの時は母の施設、病院、自宅から葬儀場への往復などで慌ただしかったのと、母の様子がおかしかったので、私の記憶も所々、途切れてしまっています。
そして葬儀の後、ちょっとした事件が起こります。
たしか翌日のお葬式が終わって帰り支度をしている時だったのですが、私と母は借りていた喪服を返さなければならないので、とりあえず私が先に着替えてから母の着替えを手伝おうと思っていました。
弟たちも着替えていたのですが、その間も母は、あちこちウロウロしたりドアを開けて出ていこうとしたり、「誰か死んだの?」と弟や義妹に聞いたりして、とにかく落ち着きがありませんでした。
私たちが自分たちや子供の支度を手伝いながら交代でそんな母を目で追っていたのですが、葬儀の準備やなにかでテンパっていた弟がいきなり大声で母を怒鳴ったのです。
「さっきから何やってんだよ! 邪魔するなよ!」と。
甥っ子も姪っ子も義妹もビックリして固まっています。
私は甥っ子や姪っ子に「大丈夫だよ、パパは ばあちゃんが危ないことしないように注意しただけだから・・・あんたたちは何も悪くないんだからね」
そして弟の感情を逆なでしないように、できるだけ静かに言いました。
「私は3年間もお母さんの この状態に付き合ってきたんだよ、朝も晩も毎日ね。
散々、私に怒鳴るなとか、怒るなって言ってたけど、あんたは30分でキレたね。」と。
他にも色々と言いたいことはあったのですが、この一言で弟は黙り込んでしまったので、それ以上は何も言わすに帰り支度をしていました。
怒鳴られた母は、そんなことはすぐに忘れたようでまた、あちこちうろうろしたり、部屋の中を物色したり香典返しの品物を開けたりしていました。
まさか、葬儀の日に騒動を起こすこともないと思っていたので、当然のこととして私たちは母を父の葬儀に参列させました。
でも、母を参列させたことで、子供や弔問客に嫌な思いをさせてしまったようです。
ごく普通のこと、当然のことをしようとしても、それは認知症の親本人にとっても周りにとっても非常に迷惑なことだったのかもしれません。
身内の介護することの難しさは、こんなところにもあるのです。

親族だから感情的になる。

そこに事情を理解できない子供がいたら、やはり傷つきます。
家族で介護することは思った以上に難しいです。

認知症が何たるかを知らない子供を巻き込まないためにも、やはり介護のプロの任せる方が幸せなのだと思います。

たとえ葬儀に出席できなかったとしても、後から一緒にお墓参りに行ったりすることはできるのですから。
葬儀やそれ以外の家族のイベントに出席させるのが難しくなってきたら、ショートステイでも長期入居でも、介護をお願いできる「人」に頼むことが、結果的に家族を守ることになると思います。
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