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身内を介護する難しさ ~父親の場合②~

身内の介護 父親②
父が認知症認定を受けて、私はますます両親を預けられる施設を探そうと決心しました。
両親がそんな状態の時でしたが、その頃、私はアルバイトで入った会社の正社員登録され、収入が安定したこともあり通勤に便利な場所に1人暮らしを始めたところでした。
両親(特に母)と暮らすことに精神的に疲れ切ってしまっていたのです。
父が認知症を発症する数年前から母の言動がおかしくなってきました。
家族全員の洗濯物を干して会社に行くと、盗られ妄想の強い母が、私が出かけたのを見て、生乾きの洗濯物を取り込んで、部屋に山積みにしておく。
(当然、また洗い直し。朝早くに干しておくと同じ事になるので、夜中に洗って干して、明け方には乾くようにしておくが、冬場は乾かない)
真夜中に起きだし、私が彼女の宝石を盗んだと怒鳴り込んでくる。(母が言っているような高価な宝石なんか最初からないのに)
毎晩、叔母(母の妹)の家に電話して「宝石を盗んだ」という文句を言おうとするのが、とっくに引っ越して電話番号が変わっているにも関わらず、何度もしつこくかけて、赤の他人の先方から苦情の電話が入る。
(先方に謝罪して、母の状態を話すも相手の怒りは収まらない)
昼間は真夏にも関わらず、裏から建築会社の職人が入ってこないようにと、私の部屋の雨戸を閉め切っておく。
そのため、帰宅すると部屋の温度が40度を超えて、窓を開けても温度が下がらない。
(クーラーの無い部屋だったので、夜中を過ぎても暑くて寝つけない)
多分一日中、テーブルに腰掛け、父に対して悪口雑言を投げつけている。
私が帰宅すると、声を枯らしてまで文句を言い続ける母を毎日、見ていました。
お風呂に1ヶ月近くも入らず下着も取り替えないので、身体が臭ってくる。
お風呂に誘導しても「年寄りは体が汚れないんだ!」と言い張って、入らない。
(よくよく、汚れて体が痒くなってくるとお風呂にはいるので、その間に新しい下着を出しておくと、「まだ汚れてないのに勝手に洗濯しやがって!」と怒る。
湯船にはびっしりと垢が浮いていて、母が入った後にはとても入れない)
父は時々、迷子になって帰ってこない。
父を探している間も、母はテーブルに座って、父に対する恨み言を言い続けている。
そんなことが何年も続いて、私の気がおかしくなりそうでした。
実際、少しおかしくなっていたかもしれません。
(母親を2階の踊り場から突き落として殺してしまおうかと考えたことが何度もあります)
もし万が一、親せきやご近所の方から「実家に戻って自分で介護する気はないの?」 と言われたら、「ごめんなさい、ありません」とお答えしたでしょう。
むしろ、「月 10万円支払うからお世話してください」とお願いするつもりでした。
まぁ、実際にそうならないだろうことは予想できましたけどね。
幸いにも私が実家で一人、両親と暮らして苦労しているのは親戚の人たちも知っていましたし、実際に自分たちの身内を介護してその苦労が分かっている人もいたので、私に介護しろ、という人はいませんでした。
人それぞれだと思うのですが、何の迷いもなく身内の介護ができる人って、多くないと思うのです。

身内の介護が難しい理由、その1

まず、仕事を持っている場合。
これ、物理的に無理ですよね?
認知症を患うと、その状態にもよりますが、昼夜を問わず目を離せなくなります。
うちの父のように夜通し迷子になって帰ってこないとか、母のように昼夜逆転して夜中に騒ぎ出すとか、介護認定を受けに役所に行くとか、通院するとか、何かと時間を取られるからです。
今は「介護休暇」なるものを取れる制度もあるようですが、介護って何年も続くわけです。
たとえ半年や一年(そんなには取れないでしょうが)休んだとして、そこで完結しないんです。

「介護離職」

私はこれだけは避けたいと思いました。
有給休暇をほぼ使い切っても、何とか施設に入れるまでは頑張ろうと思っていました。
介護をしている間、離職したとして、生活費はどうしましょう?
親の年金で賄うのでしょうか。
では、介護が終わって、つまり親が他界してしまったら自分の生活はどうしますか?
今のご時世、そんなに簡単に次の仕事が決まるとも思えません。
ですから私も、何とか両親を施設に入れる方向で考えたわけです。

身内の介護が難しい理由、その2

自分の親の下の世話(おむつ交換)や、入浴介助ができるでしょうか?
赤ちゃんや幼児ならいざ知らず、大の大人の介護って、考えただけで大変そうじゃありませんか?
ましてやうちの母のように、入浴や着替えを拒否されたらお手上げです。
結局、私もそういった事情から会社を辞めずに介護施設を探し始めることにしました。
ところが二人とも介護認定を受けたのはいいのですが、いざとなると希望する施設が見つかりません。
まずは攻撃性の強い母親の施設を探したのですが、もちろん、費用の安い特養は満室で、そもそも要介護2では受け入れてくれません。
民間の施設を探してはみたものの、どこもひと月の利用料が25万円以上かかります。
これではとても払いきれません。
今では、入居金を含めて月々の利用料の安い施設がたくさんできましたが、10年前はそういう施設を探すのも大変でした。
とはいうものの、父が認知症を発症してしまったので、二人をこれ以上、家に置くわけにもいかず、介護認定を受けた病院に母を入院させることにしました。
その病院の医師が、要介護の夫婦だけで生活させるのは危険だから、という理由から母だけ即入院ということになったのです。
この時は両親一緒に入院させるつもりはなく、より介護度の高い母親を入院させて、まだ自立できている父はひとまず在宅でケアを受けてもらおうと考えたのです。
しかし・・・
母からあれだけ言葉と時々は殴る蹴るの暴力を受けていた父が、母がいなくなった途端、認知が進んでしまったのです!
母を入院させる話はしていたのですが、父はそれには反対でした。
どうやらお金の面だけでなく、やはり一人で生活するのが寂しいからのようでした。
それまでは母のために朝・昼・晩と、食事の支度をしていた父ですが、全くやらなくなってしまいました。
日がな一日ボーっとして、夜になるとお酒を飲んでお菓子をつまむだけの生活です。
私も週末は実家に戻って、食事を作ったり、宅配サービスを頼んだりしていたのですが、ほとんどまともに食事を採らなくなってしまいました・・・
これは、父の無言の抵抗だったように思います。
どんなに暴力を振るわれようと、やはり母と一緒に生活したかったのに、私が半ば強引に母を入院させてしまったことに対する抗議だったのでしょう。
また、自分の具合が悪くなれば私が仕事を辞めて一緒にいてくれると思っていたのかもしれません。
よく父は私に「俺の年金があるから、お前は働かなくていい」と言っていたので、本気で私に専業主婦になって欲しいようでした。
こんな父を一人にしないように、私は実家に戻った方が良かったのかもしれません。
でも、気の毒ではあるけれど、だからと言って私は一人暮らしをやめませんでした。
重度(?)の認知症の母がいなければ、父とはそれなりにうまく共存できたかもしれません。
今になればそう思いますが、その当時、私は実家から離れることしか考えていませんでした。
やっと自分の生活を手に入れたのに、また認知症の親と一緒に暮らして苦労するなんて、考えただけでゾッとしました。
認知症は治らない病気です。
進行を遅らせることはできても、徐々に症状は悪化します。
父が認知症でなかったら、まだしも、こうなってからでは昔のように穏やかに暮らせるとは思えません。
弟も私の苦労を見ているので、無理に実家に帰ってくれとは言いませんでした。
そしてある日の午後、弟から携帯に連絡が入りました。
たまたま実家の様子を見に行ってみると父が布団の上で、意識朦朧(いしきもうろう)となっているというのです。
ロクに食事も採らず、酒を飲んでごまかしていたのですが、本当に倒れてしまったのでした。
すぐに救急車を呼んでもらい、父も一般病院に入院することになってしまいました。
父の入院生活とその後については後日また・・・
現在、身内の介護で行き詰っている方がいらっしゃったら、本当に無理せず「誰かの力」を借りることを考えましょう。
親を施設に預けたり、ヘルパーさんから訪問介護を受けるのは親を見捨てることにはなりません。
むしろ、無理して親の介護をしてストレスを溜めて、身体を壊したり、離職したり、相手に暴力を振るったりすることを避けるためにも必要な措置だと思います。
施設は「姥捨て山(うばすてやま)」ではありません。
頭の病気になった身内を介護・看護してもらう病院のようなところです。
病院と違うのは、生涯にわたってお世話してくれるということ。
身内よりもスムーズに介護・看護ができる場合が多いです。
悩んでいるより、まずはそういう施設を探すことから始めませんか?
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