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介護難民と待機待ち老人

介護難民とは?

特養(特別養護老人ホーム)に電話すると必ず「3年待ちです」「300人待ちです」といわれて、認知症の両親を中々、介護施設に預けられなかったことがあります。
このように介護が必要で、介護を受けたいにもかかわらず受けられない人々のことを介護難民と言うんです。
介護施設に入りたいのに「空きが無い」「空のある施設は高額で、利用料が払えない」「両親の介護をしたくても、離れて住んでいるので不可能」など、様々な理由で「介護難民」になってしまうのです。
中には家族から見放され、介護が必要な状態なのに誰にも世話されずに一人、家に残され、瀕死のところを市の職員や民生委員によって保護され、県外の施設に入居させられた、という話も実際にあります。
「日本創成会議」という日本の人口問題などを考える民間組織の発表では、きたる2025年には介護ベッド数が不足して43万人もの人が介護難民になると発表しました。
このうち約3割は東京・埼玉・千葉・神奈川の首都圏に集中しており、その中でも都市部で介護難民が問題になる可能性が高いとしています。

待機老人とは?

待機老人というのは厚生労働省の定義によると「特別養護老人ホーム(以下、特養)」に入居できない高齢者のことを指します。
介護難民とは違って、入居待ちなどで特養に入れない待機老人のことです。
厚生労働省発表では2013年時点で約52万人の待機待ち老人がいるといわれています。
しかし、特養のみならず民間の介護施設などに入りたくても入れない高齢者を含めると、この数はもっと膨れ上がると思われます。

介護難民・待機待ち老人が生まれる原因

なぜ、介護難民や待機待ち老人が生まれるのでしょうか?
その原因は3つあります。

高齢者の増加

当然、高齢者が増えれば入居できる施設が足りなくなってきますよね。
なぜこれほどまでに、介護を受けられない高齢者が増えてしまうのか?
それは日本の高齢化が急速に進んだこと、それに伴って介護施設や介護職員の育成が追い付かないことなどがあげられます。
ベビーブームと呼ばれる1947~1949年生まれの、いわゆる「団塊の世代」が2000年代に入って65歳以上の高齢者になります。
2014年では高齢者数が3300万人を超えて、人口の約25%にまで達しました。
胃瘻(いろう)や経管栄養など、口からものを食べなくても栄養を取れる延命措置の発達で平均寿命が延びたことも高齢化に拍車をかけているともいわれます。

介護施設の不足

昔から言われている通り、相変わらず特養の施設不足があります。
民間運営などの施設と違って、やはり利用料金の安さから人気があるのですが、2015年には入居制限が要介護3以上と引き上げられたことも、より入居が難しくなった理由の一つです。

介護職員の不足

ここ10年の間に有料老人ホームなど民間運営の施設が急激に増えてきました。
それに伴い、特養の数も増加傾向にあります。
ところが肝心の介護職員数が不足しているのです。
13年前に比べて2013年度には176.5万人と、約3倍の介護人材が増加したにも関わらず、2025年には約38万人介護人材が不足するとみられています。
特養やその他の介護施設が増えても、中で働く職員が不足しているのでは、高齢者を預かりたくても預かれないという実情もあります。

介護難民を経験して

実はうちの両親もとある「無認可の老人ホーム」に入居させていた時期がありました。
要介護1と2では、特養の入居は見込めず、他にいろいろと施設をあたってみたものの、どうしても料金的に折り合いがつかなかったので、仕方なく無認可の施設に預けることになったのです。
無認可と言えども、一応、介護資格を持った職員が在住しており、食事や入浴の介助を行ってくれていたので、生活面での心配はさほどありませんでした。
しかし、心臓に持病を持っていた父が入居3ヶ月後に倒れて救急搬送され、そのまま病院で亡くなってしまったのです。
その日の明け方、自宅にいた私はバタっという音を聞いた気がして目が覚めました。
部屋の中で人や物が落ちた気配はなかったのですが、それからほどなくして施設から連絡がありました。
「お父様がベッドから落ちて、呼吸していないので心臓マッサージをして救急車を呼んだところです」
母と同室で寝ていた父が、寝返りを打って落ちたのか、あるいは心臓が苦しくなってもがいているうちにベッドから落ちたのかは定かではありません。
緊急搬送された病院の医師によると、「ベッドから落ちてお尻を打った衝撃で、心臓が止まった可能性がある」とのことでした。
父は入院する前から徐々に痩せてきていて、確かにお尻の肉も筋肉も落ちていたので、ちょっと尻餅をついただけでも衝撃が強かったのかもしれません。
父の場合、食事で塩分を控える以外、特に医療介助の必要はなかったので、この施設にお世話になることにしたのです。
介護職員も父の食事の味付けは他の入居者の方々とは別に作ってくれて、通院などの介助もしてもらっていたにもかかわらず、やはり環境の変化やストレスなどが原因なのか、あっという間に亡くなってしまったのでした。
確かに病院の療法食とは違って、栄養士さんが立てた献立でもなく、職員が交代で作る食事だったので心臓疾患のある父の食事は完璧なものではなかったのかもしれません。
それでも医者からは、塩分過多にならなければ、普通に生活していた支障はないといわれていたし、施設の職員の方も塩分控えめの食事を作ってくれていたので、私も特に神経質にならずに施設にお任せしていたのです。
今になれば、いろいろと考えさせられることは有りますが、当時はあまりにも急なことで、とても施設に対して疑問や不安を抱くことはありませんでした。
それよりも私は自分の仕事と生活を守るために、両親を預かってくれる施設が見つかって感謝していたのです。
それまでのように入院先の病院から呼び出しの電話は掛かってこない、認知症の高齢者の介護に慣れた職員がいる、月々の利用料金も安いなど、私にとってメリットしか感じませんでした。
この施設に入居させていなければ、私は落ち着いて生活できなかっただろうと思います。
仕事も辞めなければならなかったかもしれません。
その時には、この選択肢しかなかったのです。
実際に何度か面会に行ったとき、両親は穏やかに暮らしていました。
認知機能が衰えないよう、母には食事の支度を手伝わせたり、洗濯ものを畳んだりさせるなど「仕事」をさせてもらい、それによって母は自分の存在価値を認識したようでした。
母は病院に入院していた時の医療事故(?)で、左腕が利かなくなったうえに自由に歩くこともできなくなった父の車いすを押して介助するなど、嬉々として働いていました。
無認可と言えども、責任者の介護職員は本当に認知症患者の扱いに慣れた人で、私も他の入居者のご家族も信頼を寄せていました。
当時は介護難民という言葉は無かったと思いますが、両親の介護をしてくれる施設を探しまくっていた10年前の出来事です。
悪いことは続くもので、その施設も父が亡くなって数ヶ月後に閉鎖されることが決まりました。
当時、もう少し気持ちや生活に余裕があれば、もっと違った形の施設を探していたような気がします。
介護に対する知識が無かったのも、間違った施設を選んだ原因だと思います。
間違った施設と書きましたが、私が希望していたのは、認知症が徐々に進むのは仕方ないとしても、両親が穏やかで落ち着いた生活ができて、そこで自然に寿命を終えることができる施設です。
この施設のようにいきなり閉鎖されてしまい、残った母の施設を探す羽目になるようなことがない「終の棲家(ついのすみか)」です。
今のようにある程度知識があれば、いくら月の利用料が安いとはいえ、無認可の施設などに両親を預けることはしなかったでしょうし、看護付きの施設なら父はもっと長生きしたかもしれません。
父の死は別としても、何の前触れもなくいきなり施設が閉鎖されるということは無かったと思います。
結局 私はそこでまた、母の入居先を探さなければならなくなりました。
まさに「介護難民」そのものですね。
今度はできるだけ間違いの無いように、母のケアマネージャーを通じて許認可の施設を数ヵ所、見学に行きました。
私はもともと埼玉県に住んでいます。
東京まで電車で30分ほどの場所なので、できれば「南関東」中心に施設を探したかったのですが、母親の年金程度で入居できる施設は皆無でした。
当時は特養に入るには要介護4以上でなければならず母のように要介護2程度では入居資格がありませんでした。
(法律上では要介護3以上ですが、介護度が高い人ほど特養は介護保険を取れるので実際は要介護4か5の人しか入居させない所が多かったと思います)。
そこで、特養以外で比較的安価で利用できる群馬県の施設をいくつか見学することになりました。
母のケアマネージャーは車で施設の案内をしてくれました。
最初に行った施設は、どう見ても「掘っ建て小屋」「あばら家」と言った雰囲気の施設でした。
平屋で壁はトタンが貼られていましたし、施設の中は薄暗く、床も古い床材(廃材みたいなもの)が張られていました。
1ヶ月の利用料金(室料、食費、光熱費)で5万円ほど。介護保険料は別途かかります。
職員の方はみな、優しそうな方たちでしたが、最寄の駅(新前橋)から車で1時間弱かかり、バスも通っていないことから、とても通える場所ではありませんでしたし、なにより「清潔感」ゼロの所です。
建物の古さ、汚さに加えて「庭」も、まるでゴミ捨て場のようでした。
通路にはポリバケツや廃材が置かれて、どこかの廃棄場のようです。
介護施設は介護現場が充実しているかどうかが大切なのはわかりますが、一目で「こんな汚い施設に親は入れたくないな」と思わせる外観は論外だと思います。
2件目の施設は1件目の施設から車で30分ほどの場所にあり、建物自体は比較的新しかったのですが案内されて部屋にはいると、「ホルムアルデヒド」のニオイがキツクて、30分もいられないほど。
目と鼻の奥が痛くなり、主人はほんの5分ほどで外に出てしまいました。
入居費が30万円、月々の利用料金が10万円と、群馬の施設にしてはかなり高額料金でした。
ここも、建物の問題と場所、そして利用料金が高すぎたので後日、お断りの電話をしたところ、「入居費はタダでいいし、月々の利用料金も5万円にする」というお返事をいただきました。
最初に伺った利用料金設定は何だったのでしょうね?
施設運営者のご夫婦はまだ30代の医療関係者なので、高齢の入居者の健康管理においてはプロです。
働いている職員も介護ヘルパーや看護師がいることから、何かあった時には頼りになると思うのですが料金設定がいい加減なのが気になりました。
こちらの言い値で預かってくれるなら、最初からそういう説明をしてくれれば少しは考える余地もあったのですが・・・
でも、やはり建物の有害物質「ホルムアルデヒド」で健康を害してしまいそうなので、そこは遠慮させていただきました。
そして、その日に紹介された3件目の施設ですが、こちらは建築業界の人が運営しているという施設でした。
1件目、2件目の施設と違って建物の作りはしっかりしたものでした。
真新しいということに加えて、使っている床材などが違います。
高齢者が転倒しても怪我しにくいようなソフトな床材、バリアフリーにこだわった内装、明るい部屋、空調や防火完備されて親が「終の棲家(ついのすみか)」として暮らすには申し分ない作りになっています。
介護職員も全員、有資格者ということでしたし、1ヶ月の利用料金も5~6万円と言うことなので当時、要介護2だった母親を入居させても月々9~10万円以内に収まりそうでした。
この金額なら、本人の年金だけでもやっていけると思いました。
場所は新前橋からバスで30分ほどのところなので、埼玉からでも面会に行ける場所でした。
この日は日曜日で見学者も多かったので、早速「仮契約」して、母を入居させることに決めました。
(建物からは有害物質の匂いもしなかったので)
私たちは母のケアマネージャーの尽力で気に入った施設を探して入居させることができましたが、施設と言うのは実際に自分たちの目で見て決めることが肝心です。
いまやHPを開設している施設も多いので、割と簡単に希望に施設を見つけることができます。
とはいえ、画面上の写真や紹介文だけでは施設の本当の雰囲気などはわかりません。
いいな、と思う施設が合ったら時間の許す限り実際に見学されることをおすすめします。
建物が立派で職員が質のいい制服(看護服)を着ているとしても、実際に働いている姿を見たり他の入居者の表情を見ないことにはその私設の良し悪しはわかりません。
私たちが選んだ施設は新規開設の所だったので、実際に入居させてみないことにはその実態は分からないのですが、とにかく早く母を安心して預けられる所を見つけたかったので、その施設を選択しました。
何よりまず、「介護難民」から抜け出したい一心だったのです。
預けられる施設をいつまでも探し続ける余裕はありませんでした。
幸い今は、どこの施設でもHPを持っていますし、介護施設紹介会社も充実しています。
ご自身の生活に合った施設を見つけやすくなっています。
介護に困ったら、まずは早めに地域の介護高齢課などで介護認定してもらい、施設を探すか訪問介護を受けるほうがいいです。
施設が決まるまでは訪問介護、訪問看護をうまく利用すれば、その間にネットで自分たちに合った施設を探す時間ができますよね。
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