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身内の介護の難しさ~母親の場合その②~

身内の介護、うちでは特に母親の介護が難しかったのですが、それは母も私もすぐに感情的になってしまうからです。
実はうちの母親は実の娘である私に対して愛情が持てない人でした。
いわゆる「毒母」だったのです。
いかに毒母であったかは、別の日記でお話ししようと思いますが、母は私が子供のころから人前で恥をかかせたり、人格否定するのが大好きな人でした。
そのせいで私は学校でも馬鹿にされ、いじめの対象になっていました。
父との夫婦仲も悪くて、よく父にぶたれていましたが、そういうことがあると必ず、父の不在時に私に「折檻(せっかん)」するのが常でした。
にくい父親に良く似た私が憎らしくて八つ当たりしていたのでしょう。
子供の頃 私は自分が何か悪いことをしたから母に叩かれると思っていましたが、徐々にそれは違うんだということに気づきます。
同時に自分は母親に愛されていないということもわかってきました。
そんな母親が「認知症」になって、どんどんおかしくなっていっても、私は特に悲しいとも可哀そうとも思いませんでした。
「自業自得だな」と冷めた目で見ていたのです。
母が認知症になってできないことが増えてきました。
食事の支度、掃除、洗濯などのやり方を忘れてしまったのです。
やる気が失せたのかもしれません。
そんな母親を見ながら、私と父は母に代わって家事をするようになりました。
自分の仕事を盗られたと思った母は、必死に取り戻そうとしていましたが私たちはそれに構わず、自分たちのペースで家事をしていました。
父は母を病院に連れて行く気がありませんでしたから、認知症はどんどん進みました。
美容院にも行かず、お風呂にも滅多に入らず、風貌や体臭はホームレスそのもの。
認知症の母はそういう恰好が恥ずかしいとも思えないようでした。
真夏のある日、弟たちが孫を連れて遊びに来たのですが、姪っ子(当時2歳)を長時間、散歩に連れ出して、あやうく熱中症にさせるところでした。
当然、私や弟からは責められますが、本人に悪いことをした自覚がないので言うだけ無駄でした。
よく、自分の母親が認知症になると「可哀そうで涙が出る」という話も聞いたことがありますが、私にその感情はありませんでした。
母が何かしでかすたびに私は母を責めたし、母もそれに対して感情的に言い返したり暴力を振るうようになっていきました。
これって、認知症の人にとって最悪な関係ですよね。
相手を優しい目で見て、何度も優しく教えてあげる、人格を否定するようなことをしない、という原則を思いっきり破ってますから。
怒りの感情、憎しみの感情は認知症を患っていても記憶されるようですから、母はますます私や父を憎むようになりました。
こうなるともう、お互い憎しみの感情しか芽生えません。
父はそれでも少しは愛情や憐みを感じていたようですが、私にはその感情はほとんどありませんでした。
母をお風呂に入れてあげるとか、髪を解いてあげるとか、トイレを手伝ってあげるといった「介護」ができなかったのです。
数年後、母は介護施設に入居することになるのですが、そうやって距離を置くことで私にも母を気の毒に思う気持ちが芽生えたのは不思議でした。
この人(母)に対しては何の感情も生まれないと思っていたのに。
施設の人が親切に母の面倒を看てくれて、母もそれに対して感謝している。
そんな光景を見て私にも優しい心が生まれたのかもしれません。
実の親を他人にお世話してもらって初めて、母を優しくみられるようになる、というか客観的に見ることができるようです。
当たり前かもしれないけれど、何かしてもらったら感謝する、弱者を優しい目で見る、こういう「人間らしい感情」がお互いに欠落していたので、私の場合は身内を介護する難しさを感じたのです。
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