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父の奇行-その② ~認知症の判定を受けるまで~

母親とほぼ同時期に軽度の認知症を発症した父ですが、少しずつ認知の度合いが進むにつれてしょっちゅう「道がわからなくって迷子になり、一晩中帰ってこない」という状態が半年ほど続きました。
それでも症状が出始めた最初の頃は真夜中に自力で帰ってくることも出来たし、頻度も月に1度程度だったのですが、だんだんと道がわからないまま自転車で走り続ける距離が伸び、週に1~2度の割合で警察のご厄介になるようになりました。
迷子になるたびに家族は夜も眠れないし、見つかった後は遠くであってもその日のうちに迎えに行かないといけない。
当時、勤めに出ていた私は疲れて帰宅した日にそういうことが起こるので、大きな負担に思っていました。
「もう、やってらんないよ!」
それに加えて母の認知症も進み、部屋や布団で粗相する、昼夜逆転の生活で真夜中に起こされる、朝干しておいた洗濯物が帰宅すると生乾きのまま部屋に山積みになっているなど、私の神経がすり減ってきました。
こういう状況を見ていた父まで母に引きずられるように認知症になってしまう。
今思うと父は母がおかしくなっていき、私がイライラするのを見たくなかったのだと思います。
夫婦仲は悪くても、母はそれまで毎日家事をこなしていたのに、そういったことが何も出来なくなり、自分たちを口汚くののしり暴力を振るう。
髪は伸び放題でボウボウ、お風呂にもロクに入らずホームレスのような風貌になった母のことを見たくなかったのでしょうね。
かといって、どうしていいかが分からない。
私がいくら懇願しても、精神科の受診を拒む。
私が強制的に母を病院に連れて行くには無理があるので、どうしても父の協力が必要なのに、父はそういう現実から目を背けることで精神的に「逃げて」いたのかもしれません。
それだけが原因だとは言い切れませんが、「嫌なことを忘れたい」、「考えないようにしたい」と思う心が父の脳機能を衰えさせたのではないかと思っています。
「何もわからなくなってしまえばラクでいいや」みたいな感じでしょうか。
母の精神と同じですよね。逃げれば済むと思っている。
両親二人してこのような状態ですので、いよいよ弟と相談して「老人健診」と偽って二人を神経科に受診させようということになりました。
認知症と診断してもらって介護保険が使えるようになれば、ホームヘルパー制度を使うなりして、何とか今の状況を脱することができると思ったのです。
昼間、ヘルパーさんが来てくれるだけでも食事や簡単な家事の心配はしなくていいし、危険なこともなくなるだろうと。
受診の日ですが、私だけだったら絶対に外出しない父母が、弟が車で迎えに来てくれたのが嬉しかったのか、意外なほど素直に乗り込んで、そのまま精神科の受診をすることになりました。
そのときの父は、いわゆる「まだらボケ」といって、正常なときもあればおかしくなるときもあり、どちらかといえば正常なときのほうが多いかな、と思っていました。
ところが、父と母それぞれが別室で認知症の検査を受けて結果を聞いてびっくり。
母は要介護3、父は要介護2と診断されました。
母の認知の程度はそれ以上だと思っていたのに、意外と介護度が低くてびっくり。
父に関しては1ぐらいだろうと思っていたのに2になっていてびっくりです。
制度上、判定は実態より低く評価されるものだと聞いていたので不満ながらも母が3と言うことには納得せざるを得ませんでしたが、しっかりしているはずの父が2と言うことは、「行方不明事件」を思うと、当然の結果だったのかもしれませんね。
いえ、3でもおかしくなかったのかも・・・
こうしてありがたい事に母は「即入院」ということになりました。
排泄処理が出来ないこと(トイレ以外で粗相してしまうなど)や一日中、父をののしり続けて毎日喉が枯れていること、昼夜逆転行動があり家族が安心して暮らせないことが「即入院」に繋がったのだと思います。
父の方は入院の必要が無く、今でいう「在宅介護」で様子を見ることになりました。
その時私は要介護2でも、炊事ができるので何とかやっていけると思っていました。
しかし、意外なことに父は落胆してその日以降、買い物にも行かず炊事もしなくなってしまいました。
毎日、焼酎を飲んでロクに食事もせず万年床にして昼間から寝ているようになってしまったのです。
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